フィンテック業界はこれまでさまざまな分野のイノベーションに投資してきましたが、依然として著しく遅れている分野があります。それが「加盟店のオンボーディング(導入プロセス)」です。
安全性と規制遵守を最優先にするために、決済事業者が入念な審査を行うのは当然のことです。しかし、加盟店のオンボーディングには1週間以上かかることもあり、その間に顧客を失ってしまうケースも少なくありません。たとえば、2024年にシンガポールの法人・機関・商業銀行の経営幹部150名以上を対象にした調査では、過去1年間にオンボーディングの遅れや非効率さが原因で顧客を失ったと答えた人が、実に90%近くに上りました。これを金額ベースで換算すると、損失は想像をはるかに超える額になるでしょう。
時間がかかることだけが問題ではありません。マニュアル作業によるオンボーディングには、人的ミスの発生や一貫性の欠如といったリスクも伴います。銀行、フィンテック、暗号資産業界では、KYC(顧客確認)やAML(マネーロンダリング防止)体制の不備が原因で、多額の罰金や重大な評判リスクにさらされた企業の事例が数多く報告されています。
こうした課題をどう解決すべきでしょうか。Omiseが目指すのは「MCPによる完全自律型オンボーディング」です。
今日のAIは多種多様な業務をアシストしてくれます。質問に答えたり、情報を要約したり、コードを書くことさえ可能です。しかし、AIの可能性はこうした業務だけにとどまりません。はるかに高度で、正確で、実用的なレベルにまで進化するためには、現実世界の業務を支えるツールやデータへの円滑なアクセスが必要です。AIによるアクセスの障壁になっているのが「断片化されたシステム」の存在です。具体的には、古いインフラに保存されたデータや、個別接続を要するツールなどです。
そこで登場するのが、「MCP(Model Context Protocol)」です。
「すべてのデータソース、ツール、サービスが、AIエージェントと標準的な方法で接続できたらどうなるのか?」という疑問に答えてくれるのが、MCPです。MCPは、Claude AIを手がけるAnthropic社によって開発されたオープンソース規格です。AIエージェントがあらゆるデータ、ツール、サービスに単一かつ統一されたプロトコルを通じて接続できるようにするものです。Anthropicの説明によれば、MCPは「AIのためのUSB-C」のような存在で、どんなサーバーにも接続できるユニバーサル・コネクターを提供することで、ツールごとに個別に接続方法を構築する必要がなくなります。
AIに1つのプロンプト(指示)を与えるだけで、複数のコンテンツリポジトリから情報を引き出し、さまざまなツールを連携させながら、目標に沿ってインテリジェントに作業を進めて、人間の代わりに業務を完了してくれる──そんな世界を想像してみてください。これこそが、Omiseが目指している加盟店のオンボーディングプロセスです。
Omiseの目標はオンボーディング全体を自動化することです。構想しているワークフローは、主に次のような要素で構成されています。
MCPを採用することで、オンボーディングにかかる時間は数日から数分へと大幅に短縮されます。また、KYCやAMLの要件が地域ごとに異なっていても、システムは柔軟に対応できるため、完全に自律的でエラーのないオンボーディングが、すべての加盟店にとって現実のものになります。これこそが、Omiseが目指している未来の姿です。
自律型オンボーディングと同様に、MCPは「エージェンティック・コマース(Agentic Commerce)」を単なるアイデアから、現実の体験へと変える鍵でもあります。MCPは個々のツールと接続する際の煩わしさを取り除き、AIショッピングアシスタントがあらゆるツール──ストレージシステム、商品データベース、価格比較エンジン、決済プラットフォーム、決済ゲートウェイなど──とやり取りする際にユニバーサル・コネクターとして役割を果たします。
MCPという“共通言語”で会話できるため、AIアシスタントは各ステップをスムーズに進められます。たとえば、理想の商品を見つける、在庫を確認する、 価格を比較する、割引を適用する 、安全に支払いをする──といったプロセスが、すべてバックグラウンドで自動的に実行されるのです。
その結果、スマートで直感的、しかも顧客一人ひとりに最適化されたショッピング体験が実現します。数百万点もの商品を扱うマーケットプレイスやECサイトにとっては、選択肢の多さによる迷いや、チェックアウト直前での離脱の軽減にもつながります。
エージェンティック・コマース(Agentic Commerce)は、未来の購買体験です。商品発見から支払いまでを1つの会話で完結させたり、お祝いに間に合うようにギフトを購入して送付したり、価格が下がった瞬間に自動で購入したり──その可能性はますます広がっています。だからこそ、多くの企業が次々に、スマートなショッピングアシスタントの開発に投資しているのです。そしてその開発の中心にあるのが、MCPです。MCPの存在によって、未来はすでに形になり始めています。
次回の記事では、Omiseがどのようにしてエージェンティック・コマースを構築しているか、それを可能にするスマートなテクノロジーの数々、そして実際の加盟店に向けた初のデモについてご紹介します。どうぞお楽しみに!
Resources
Fintech News Singapore. (2025, February 5). Slow onboarding drives client losses in Singapore’s banks. Fintech Singapore. https://fintechnews.sg/107398/digital-banking-news-singapore/slow-onboarding-drives-client-losses-in-singapores-banks/
Lisowski, E. (2025, August 4). MCP explained: The new standard connecting AI to everything. Medium. https://medium.com/@elisowski/mcp-explained-the-new-standard-connecting-ai-to-everything-79c5a1c98288
Introducing the model Context Protocol. (n.d.). https://www.anthropic.com/news/model-context-protocol